災害時に知っておきたい心の話
心の知見
この記事の目的とゴール
地震のような災害が起きたときに、私たちの心や体に起きる反応があるのをって知っていますか?実はあまり十分には知られてはいません。
知っていたとしても、自分がその状態になっていることに気づくのが難しい場合もあります。なぜなら、災害という異常事態では、当然心身も普通ではない状態になるからです。
この記事では、その心身に起こる普通ではない状態として、「急性ストレス反応」と「その対処法となる選択肢」について解説します。これを知っておけば、自分だけでなく、周りの人の心の健康を守ることができます。
この記事の目次
冷静な判断を妨げる思考と感情
地震を始めとする災害は私たちの心や体に不調をもたらします。約31年間の平成においては地震、台風、水害、噴火など甚大な被害をもたらした様々な災害がありました。
災害の怖さは次のようなものがあります。
第一に、命を奪われるかもしれないことです。
第二は、物や仕事、大切な人を失うことです。
第三は、それらによる心の傷つきがあることです。
私たちは災害にはこのような怖さがあることはよくわかっています。しかし、実際に災害が起きると、私たちはこんな風に思ってしまうのです。
「きっと自分は大丈夫」
これを《正常性バイアス》といいます。これは異常な事態が起きても無視して心の安定を図ろうとする心の働きです。これは災害に限らず、異常事態にはおきがちな心理です。
しかし、私たちがよくわかっておかないといけないことは、災害には私たちの平穏な生活から大切な何かを奪っていく力と恐ろしさがあるということです。
災害時は通常の状況ではありません。それは誰もがわかっています。それならば、その状況に晒(さら)されている人の心や体が普通でなくなるのも当然だと思いませんか?
しかし、私たちは心や体に起きていることから目を背けてしまいがちです。なぜなら、「正常性バイアス」に加え、「恥」という感情もあるからです。
「怖くて眠れないことを人には恥ずかしくて言えない」
「自分はそんなに心の弱い人間じゃないはずだ」
そんな心の動きについての解説は、別の記事に譲(ゆず)り、今回は災害時に起きる心身の反応への理解を深めていきましょう。
急性ストレス反応とは?
この記事でお伝えするのはこちら。
「急性ストレス反応(急性ストレス障害,ASD: Acute Stress Reaction)」です。
どんな状態になるのか見てみましょう。
再体験をする
- トラウマとなった出来事に関する不快で苦痛な記憶が突然蘇(よみがえ)る(フラッシュバック)
- 悪夢として何度も出てくる
- 出来事を思い出したときに…
- 気持ちが動揺する
- 動悸(心臓がドキドキするのをひどく感じる)
- 発汗(暑くないのに出る、部分的に出る)
回避をする
- 出来事に関して思い出したり考えたりすることを極力避けようとする
- 思い出させる人物、事物、状況や会話を避けようとする
否定的な感情と認知をもつ
- 「私が悪い、私は無力だ、誰も信じられない」などの否定的な考えを持つ
- 周囲との疎隔感や孤立感を感じる
- 怖い、罪悪感がある、恥ずかしい、怒りなどのマイナスの感情をもつ
- 幸せな感じ満足したプラスの気持ちをもてなくなる
過覚醒(かかくせい)になる
- ちょっとした物音にもひどくビクッとする
- 眠れない、過剰に警戒する
- いらいら感、集中できない
災害などの出来事を体験してから約1ヶ月ほどの間、上記のような急性ストレス反応が見られます。しかし、その後の数週間ほどで、ほとんどの人は心の傷となる災害のような体験と折り合いをつけ、症状はだんだんと治まっていきます。
こうなると「じゃあ、心配いらないね!」とつい思ってしまいそうです。確かにすべての人が急性ストレス反応がある訳ではありませんが、誰でもなる可能性があることを改めて知っていただきたいと思います。なぜなら、悪化して長期化する恐れがあるからです。
自分を守る盾は「正しい知識」
誰にでもあるひどくなる恐れ
PTSD(心的外傷後ストレス障害)をご存知でしょうか。こちらを耳にしたことがある人の方が多いのではないでしょうか。簡単に言えば、「とても怖い思いをした記憶がこころの傷となり、そのことが何度も思い出されて、恐怖を感じ続ける病気」のことです。
その症状は上記で説明した急性ストレス反応と同じです。ただし、PTSDは診断上は1ヶ月以上外傷後3ヶ月以内に発症することもあれば、何年もたってから発症することもあります。
治療が長期化し、日常生活により困難をきたす場合もあるため、医療機関等で適切な治療を早期に受ける必要があります。
どれくらいの人がPTSDになるの?
日本の疫学研究では、PTSDの12カ月有病率は0.7%、生涯有病率は1.3%と報告され、米国(12カ月有病率は3.5%、生涯有病率は6.8%)に比べて有病率が低く見積もられています。
また、PTSDの頻度は、一般に男性よりも女性の方が高い傾向にあると言われています。
依存症になるリスクもある
急性ストレス反応が続いてPTSDへ移行してしまったり、時間をおいて(遅発性)PTSDになっていることにも気がつかない場合があります。
この時、PTSDから来る不安やイライラを和らげるためにアルコールを頻繁に利用し、アルコール依存症にもなってしまったり、同様の理由でくすりを不適切に使い、薬物依存症となる場合もあります。
自分を守るための行動となっているのですが、健康上のリスクがあるため、注意が必要です。
いくつかの選択肢をもとう
急性ストレス反応があった場合、どうしたらいいのでしょうか。
「ちょっと眠りが浅いのが続いてるな」
「ちょっとしたことでイライラしやすい」
「余震があると、びくっとなる」
このような反応が1つか2つ出ている場合は急性ストレス反応と呼べても、悪化していなければ自然に治ってしまう場合もあります。ただ、それを判断するのが難しい場合もあると思います。
また、病院にかかる必要があるのかどうかで迷ってしまう人も多いと思います。その判断の参考にしていただきたいポイントが一つあります。それはこちらです。
あなたの日常生活に支障が出ていないかどうか
例えば、
「しばらくよく眠れていなくて、仕事でミスが増えた」
「地震のたびにパニックが起きて、死んでしまうのかという恐怖を感じる」
「なぜかイライラしてお酒の量が増えてしまい、自分でもどうしたらいいかわからない」
このようなことで「困っている」と感じたら、相談をしましょう。といっても、「なかなか病院は行きづらい・・・」と思う人も多いでしょう。そんな時には相談しやすいところをまず利用しましょう。そんな選択肢を持っておいていただきたいと思います。以下ををご覧ください。
選択肢(1)電話相談
大規模な災害時には、国や様々な団体が電話相談を設置します。また、電話相談設置の情報をインターネットに案内している場合もありますので、探してみましょう。
- 都道府県の精神保健福祉センター
- 地域の保健所
- 日本臨床心理士会
- 都道府県の臨床心理士(公認心理師)会
- いのちの電話
- その他NPO法人 などなど
電話をするにあたって
話したいことを用意するなど、構える必要はありません。話を聞くプロがあなたの話を聞きますので、安心してかけてみてください。混雑しているため、すぐにつながらないこともありますが、諦めずに時間帯を変えるなどして何度か掛けてみてください。
選択肢(2)カウンセリングを受ける
臨床心理士は精神医学的な知識を学んでいます(細かな点は別の記事に譲ります)。法律上、診断こそできませんが、医療的な治療を受ける必要があるかどうかを判断しながら、お話を伺うことができます。
無理に病院を勧めることはなく、あなたがどんなことに困っているのか、よくお話を聞かせていただきます。そして、あなたの意向に沿った支援を提案していきます。
また、仮にPTSDとなった場合でも、その治療としてEMDRなどを始めとした効果が認められる心理療法が続々と報告されています(医師と連携する必要もありますので、医療機関に受診している場合には伝えましょう)。
このような治療を提供するカウンセリングルームやカウンセリングオフィスも増えています。EMDRは基本的には対面の治療ですが、あなたの話を聞くオンラインでカウンセリングを提供しているところもあります。
カウンセリングについては、別の記事で解説をしていますので、そちらもご覧ください。
選択肢(3)病院に受診
「辛さ」を感じる場合には優先的に病院に受診しましょう。多くの人の勘違いですが、重症じゃなくても診てもらっていいのです。
別の人(医師)に自分を診てもらうことで、大丈夫なのかを判断してもらうことが大切なのです。「大丈夫」と自分で言い聞かせるのと、「大きな問題ではないですよ」と医師に言ってもらえるのとでは、どちらが安心できるでしょうか。
人によっては、他人に相談することは「恥ずかしいことだから言えない」と言う人もいるでしょう。そのように思ってしまうのも無理はないと思います。しかし、あなた自身を守るために、ぜひ一歩を踏み出してみてください。
最後に
心身の不調は“弱い人間”を意味しない
弱い人間は心身の不調をきたすのでしょうか。私は「弱い人間」だと認識することよりも「弱い人間だと思われること」が、相談を妨げていると考えています。それを考えるために、過酷な状況に直面してきた実績のある消防隊員、自衛隊員について考えてみましょう。
彼らは不調をきたすことがないのでしょうか。実はそんなことはありません。どんなにつらい訓練を経ても、どんなに過酷な状況を切り抜けてきた実績があっても、心身の不調が現れる可能性があることは様々な研究や報告によりわかっています。臨床心理士などの心の専門家でさえ不調を感じるのです。
つまり、どんな人でもなりうる可能性があるということです。そのような事実を知ることが、あなたやあなたの周りの人が相談へとつながる助けとなり、悪化せずに済んだり、早期の治療につながることを願っています。
まとめ
この記事では「急性ストレス反応」について解説をしました。どのようなものなのかを知ることによって、自分だけでなく身の回りの人を助ける知識としても活用できるでしょう。
初めての相談は不安でしょうし、怖いとさえ感じることでしょう。それを私たちはよくわかっています。ですから、気負うことなく、一歩を踏み出していらしてください。
- ・加藤寛(2015),「こころのケアの始まりとその後の発展」公益財団法人ひょうご震災記念 21世紀研究機構『翔べフェニックスⅡ~防災・減災社会の構築~』同研究機構,365-387.
- ・中野収太・久楽貴恵・吉田真由子・佐藤健二(2012).トラウマの構造化開示が外傷後ストレス反応とワーキング・メモリ容量に及ぼす影響-外傷後ストレス障害の認知モデルに基づく検討-.徳島大学総合科学部人間科学研究,20, 31-48.
- ・飛鳥井望(2014).トラウマ体験に苦しむストレス症候群心的外傷後ストレス障害 PTSDを診る.共和薬品工業株式会社.8.
- ・松井 豊 , 畑中 美穂 , 丸山 晋(2011).消防職員における遅発性の惨事ストレスの分析.対人社会心理学研究 .11, 43-50
- ・世界保健機関,戦争トラウマ財団、ワールド・ビジョン・インターナショナル、心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールドガイド.(2011)世界保健機関:ジュネーブ(約:(独)国立精神・神経医療研究センター、ケア・宮城、公益財団法人プラン・ジャパン,2012).
- ・厚生労働省「PTSD|病名から知る|こころの病気を知る|メンタルヘルス|厚生労働省」
- ・PTSD とは | 日本トラウマティック・ストレス学会
- ・(心的)外傷後ストレス障害 Royal College of Psychiatrists Registered charity